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コミュ力を考える | 僕はコミュ障かも

Jul 22, 2021 学びの種
コミュニケーション能力

先日、shin MICの授業後の雑談の中で

「自分はコミュニケーション能力が低いんですよね~。逆にプレゼンとかは得意だから、周囲からはそうは思われないんですけど・・・」

なんて話が出てきた。
この話を聞いた時、すぐに「あっ、この方、僕と同じだ!」とピンときたので、「具体的な目的があって、それについて話す場合は、よく話せるけど、例えば合コンみたいな場だと、途端に話せなくなっちゃうような感じじゃないですか?」と、ふってみると「そうなんです!」と大いに共感してもらえた。

この感覚は僕はとてもよく分かる。逆に僕と同じ感覚を抱いている人がいるんだ!と驚いた。

 

考えてみれば、この感覚を僕は中学時代から引きずっている。大学時代、僕は体育会に所属していた。そこでは定期的に女の子に片っ端から声をかけて、先輩方の合コンをセッティングするという今では考えられないような下級生のお仕事があった。この場合、合コンをセッティングするという目的が与えられているので、見ず知らずの女の子に声をかけて僕はいくらでも話すことができた。ていうか、割と得意だった。
ところが、自分が合コンに参加すると途端に話せなくなる。僕も話の輪に加わって楽しく盛り上がりたいのに、それが出来ないのだ。話せないから、皆が盛り上がる中で、おとなしく黙っているしかない。最悪、気を使われて女の子の方から話を振ってもらっても、表面的な無味乾燥な受け答えしかできないから楽しくない。なかなかのフラストレーションだ。

 

この感覚は、今でも続いている。仕事関係でのプレゼンとか営業トークは割と得意だ。広報活動などで、初めて会う人と話す場合も仲良く話すことができるし、そんな中から深い人間関係を築けることもある。傍から見れば、コミュ力は高い方に見えるだろう。ところが、プレゼンで饒舌に喋った僕が懇親会となると、途端に全く喋れなくなってしまう。相手から話しかけられても、とってつけたような会話になってしまう。けっして話したくないとか、懇親会がくだらないとか思っているわけではない。僕も皆のように仲良く和気あいあいと話したいのに、それが出来ないのだ。
どこそこのお店でパーティーがあるから行こう!と誘われて行っても、そこでの会話の輪に僕は入っていくことができない。もちろん行けば多少の会話はするけれど、少なくとも自分の中では、とってつけたような会話になってしまい、内心苦痛だ。だから基本的には押し黙ったまま、楽しそうに話す人たちを羨ましく眺めることになってしまう。

 

僕の場合、仕事や普段の生活をしていく上でのコミュニケーションに大きな支障を感じる事はないから、一般的にはコミュ障ではないだろう。でも、上に書いたような感覚があるから、人生の楽しみの一部を奪われているような感じで、自分ではコミュ障の一種だと思っている。

 

コミュ力を考える

コミュニケーション能力は仕事からプライベートまで、自分の人生の全てにおいて、大きな影響を及ぼすものであることは、多くの人が知るところだ。深刻に自分のコミュニケーション能力に悩んでいる人もいるだろう。個人的には昔から、これほど人生に大きな影響を与えるコミュニケーション能力、しいては人間関係を学ぶための授業が、なぜ、学校に用意されていないのか不思議に思ったりしている。

ここで、僕がパッと思いつくコミュニケーションに大切な要素を書いてみると

・愛そうも含めた表情
・相手の話をよく聞くことができる
・相手の真意を会話の文脈から推し量ることができる
・相手に合わせた伝え方ができる
・適切な話題をふれる
・会話のタイミング
・相手の感情や関心を推し量ることができる
・キャラにあったユーモア

なんてのが出てきたりするけど、一口にコミュニケーション能力と言っても、職種によって求められるコミュニケーション能力は違うだろうし、友達、対異性、パーティーの場等々でも、求められるコミュ力は変わってくるだろう。僕のように、ある部分に関してのコミュ力が著しく欠如してるなんてパターンもあるだろう。

shin MICの「思考と探求」では、人生に大きく影響を及ぼすコミュ力についても、深く考え、分析し、ディスカッションを行い、学びを得てもらう授業を提供していく予定だ。

 

YUICHI KOBAYASHI

YUICHI KOBAYASHI

ちょっとした意識の持ち方で自分の世界は大きく広がります。人生を豊かにする楽しい学びをしていきましょう!!

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