何年か前に近所の小学校の総合学習の時間にカイコとヤママユガについてお話をさせてもらった事があった。後日、小学生からお礼の手紙をもらったわけだが、そこにはたくさんの質問が書かれていた。
昨日、たまたまパソコンの中を整理していたら、その時の質問に答えた僕の返事の文章が出てきた。改めて見返してみると小学生の質問の鋭さに驚かされる。大人になると、こういった鋭い質問ってなかなか出てこないようになってしまう。
その事について書く前に、まずは家蚕と野蚕、そしてこの地域の天蚕飼育について簡単に書いてみたい。
家蚕と野蚕
シルクを吐き出す虫と言えばカイコが思い浮かぶと思うが、カイコ以外にもヤママユガの仲間の繭からもシルクが生産されている。中国や東南アジアなんかでは、今では少なくなっているとは思うが、ヒマサンやシュンジュサン、サクサンといったヤママユガの繭からシルクを生産している。カイコは家の中で桑の葉や人工飼料を与えて飼育するのに対し、上記のヤママユガの仲間は基本的には野生のものである。そのため、カイコを家蚕(かさん)、ヤママユガの仲間でシルクを作り出す虫を野蚕(やさん)と呼んでいる。
アニメの蟲師の中に山の中に入って繭をとる場面があったが、あれは野蚕つまりヤママユガの仲間の繭ということになる。
天蚕(てんさん)飼育
上記のヤママユガの中に日本固有種の天蚕(てんさん)と呼ばれる虫がいる。
天蚕はクヌギの葉を食べて、下の写真のような黄緑色の繭を作り、生糸も渋めの緑がかった独特の色をしている。天蚕糸は繊維のダイヤモンドと言われ、カイコのシルクの上をいく最高級シルクだ。

天蚕の繭

天蚕糸
天蚕糸はとても高価なシルクなので、現在では、高級着物の模様部分だけに使ったりする程度のようだ。天蚕糸だけで着物を一着作ったら、田舎だと家が建つくらいの金額になるのかもしれない。現在では全国でも、実質、天蚕糸の生産地と呼べるのは、長野県安曇野市穂高の有明地区のみではないかと思う。
小学生と天蚕
日本で唯一と言ってもいい天蚕の生産地区である有明地区の小学校には、天蚕の飼育施設があり、小学生が天蚕飼育を体験する。そして小学校を卒業する時に天蚕の繭でコサージュを作り、感謝を込めて、それを親に送る。そして親は下の写真のように、そのコサージュをつけて小学校の卒業式や中学校の入学式に出席する。なかなか素敵な伝統だ。

小学生の質問
上記のような背景の中、僕が話をしたクラスではカイコ(家蚕)も教室で飼って観察をしていた。僕は家蚕と野蚕の違いから始まって、カイコの実験動物としての側面や昆虫ホルモンなんかの話をそのクラスで行った。その時の子供たちのキラキラと光った目は印象的で今でも憶えているし、あの光の奥にあるものは、まさに宝物だと思う。
以下は生徒たちが送ってきてくれた手紙にあった質問に対する僕の当時の回答だ。
カイコの由来は?
教室でもお話させてもらいましたが、元々はクワゴという野生のカイコの先祖を長い時間をかけて品種改良したものだと言われています。これが定説になっていますが、クワゴの繭は小さく、とても絹糸がとれるようなものではありません。
クワゴに比べると、ヤママユガの仲間は品種改良しなくても、絹糸がとれたわけですから、わざわざ、絹糸がとれないクワゴから品種改良をしてカイコを作ったというのは、不自然なので、今では見られなくなってしまった別の種類の虫からカイコが作られたのではないかという説もあります。■若返りホルモン(幼若ホルモン)でどこまで大きくなるのか?
大昔の記憶なので、あまり確かではないかもしれませんが、天蚕の5齢幼虫よりも少し大きくなったような記憶があります。でも、最終的に繭は作れずに幼虫のまま死んでしまいます。
ちなみに、カイコはたまに2匹で一つの繭を作る事があります。とても大きな繭になりますが、よい絹糸はとれないので、養蚕農家では、売り物にならない繭として処理されていたと思います。■縛ってもなぜ死なないのか?
逆に言えば、死なない程度に縛るって事になります。でも、かなり細く縛っても大丈夫です。その細いところを通って、いろいろなものが流れていると思います。脱皮ホルモンと若返りホルモンのバランスで、脱皮したり、しなかったりします。だから、縛っても、脱皮ホルモンが全く流れていかないわけではなく、その量が少なくなるために、脱皮が起こらなくなるという事だと思います。■どうして人が世話をしないといけないのか?
この前もお話しましたが、カイコは足の力が弱いので、野生では木につかまっていられません。つまり自分ではエサを探して木の上を動けないわけです。だからエサを人にもらわないと生きていけません。つまり、人の世話なしでは生きられないってことです。■目のような模様は何か?
実はあの模様が無く、白く、のっぺりしたカイコもいます。あの模様は昔の野生時代のなごりで、鳥が目玉模様を嫌うので、鳥から身をまもるためのものと言われています。現在のカイコには必要ないものかもしれませんね・・・。■なぜ桑の葉しか食べないのか?
簡単に言うと、カイコは桑の葉が好きだからです。正しくは、桑の葉にはカイコの嫌いな臭いが無いっていうことです。でも、桑の葉以外にも、和紙の原料になるコウゾや、ツリガネニンジンの葉なども食べるようです。でも、桑の葉以外では、いい繭は作らいそうです。最近では、品種改良されて、リンゴの実を食べるカイコもいるようです。もちろん、リンゴの実だけでは、まともに育ちません。
なかなか鋭い、いい質問ばかりだ。
この後、子供たちは昆虫ホルモンの実験のためにカイコを縛り、何頭か失敗して殺してしまったようだけれど、その好奇心に突き動かされて実行する行動力も素晴らしいものだと思う。
この子供たちの中から将来、養蚕家を志す人が出てくるってことはないだろうし、昆虫生理学を志す人が出てくる可能性だって極めて小さい。そして、カイコについて学んだことが直接なにかの役に立つこともないだろう。でも、子供たちは、そんな事はカケラも考えていない。今、目の前にあることに純粋に好奇心を抱き、行動し、楽しんでいる。
これが大人になると、なかなか出来ない。現在の生活や仕事に役立つのか、将来的に役立つのか、そんなことに捉われて、純粋に好奇心を抱き、それを満たすことを忘れていってしまう。
これが忘れていってしまうだけでなく、中学生、高校生になるにつれ、周囲の大人は受験等の結果につながる好奇心のみを推奨し、本当に純粋な好奇心を潰すような言動を始めてしまうことが多々ある。学校現場なんか、それが顕著なのではないだろうか。もちろん、そういった言動をする大人たちは、それに気付いていない。
大人になっても純粋な好奇心を持ち続けている人ってのは傍から見ても魅力がある。僕がカイコの話をした時に子供たちの目の中に見たキラメキを大人になっても持っているからだ。そのキラメキに人は惹かれるのだ。
純粋な好奇心っていうのは人生を豊かにするものであり、創造の種だ。だから、僕は純粋な好奇心を忘れてしまった大人に、それを取り戻して欲しいと願っている。そのためにも学び続けなければならない。
今後、そんな純粋な好奇心を取り戻してもらう、きっかけとなるようなワークショップを提供できたなら、こんな嬉しいことはないと思っている。